チェルシー選手紹介 No.2 #10 ウィリアン(Willian)
こんにちは!今回はチェルシー選手紹介の2人目、ウィリアンを取り上げたいと思います!
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今シーズンはアザールからブルースの10番を引き継ぎ、その重責を背負うウィリアン。
経歴
2005-2007 コリンチャンス(ブラジル)
2013 アンジ・マハチカラ(ロシア)
ブラジル出身のウィリアンは2007年・当時19歳の時にコリンチャンスでトップチームデビューし、その後すぐにヨーロッパに渡った。
2007年から所属したシャフタールでは、2007年11月6日に途中交代でACミラン戦に出場し、UEFAチャンピオンリーグデビューを果たした。
2013年の冬にロシアのアンジ・マハチカラに移籍するが、クラブの経営難で放出候補とされてしまう。
そして2013年夏、ある事件が起こる。トッテナム・ホットスパーがウィリアン獲得に動き、メディカルチェックを受けたとの報道が出た。しかしチェルシーが3000万£で合意したと発表し、背番号22で契約を結んだ。いわゆるチェルシーによる”ウィリアン強奪事件”だ。しかし彼がどちらのクラブに行った方がより充実したキャリアを送れたかどうかは、両クラブのタイトル数を考えれば、火を見るよりも明らかだ。
記録
そんなウィリアンだが、プレミアリーグでは329試合に出場し33ゴールを挙げている。各シーズンのゴール数を見てみると、最多は16-17シーズンの8ゴール。意外にも2桁ゴールのシーズンがないことに驚いた。
だが彼の献身的なチェイシングや息をのむようなフリーキックはファンの心を強くつかんで離さないだろう。
ストーリー
家族愛の強いウィリアンは下部組織時代、「家族に言い人生を送ってもらいたい、そのために僕が支えになりたい」と語った。ヨーロッパでプレーしてブラジル代表の一員として戦うことを夢見ていたウィリアン、25歳の時にようやくセレソンに召集されることとなった。
しかしその直後ウィリアンの母親が脳腫瘍に冒されてしまう。その後2年間ウィリアンの母親は病気と闘った。しかし2016年W杯予選のためアウェーのベネズエラ戦に遠征中、ウィリアンは母の容態の悪化を知る。ウィリアンはその試合で決めたゴールを母にささげた。その後ロンドンに帰るとき、母の訃報を知る。
当時のことをウィリアンは「難しい時期だった。簡単じゃなかった。ピッチでも良いプレーができなくなっていた。でも両親が手助けしてくれたから今の自分がいる。だから今のままではいけないと気付いた。」と語る。
今も両親のため、そして奥さんや双子の娘さんのためにゴールを決め続けるウィリアンは誰よりも輝いてみえる。
以上、以上ウィリアンの選手紹介でした!ストーリーで書いた内容は元々知ってはいましたが、改めて調べてみるとウィリアンの人情がより知れてとても良かったです。家族のためにロンドンに残りたいウィリアンはアーセナルに移籍するという噂も……。まあこれに関しては、今後の情報を待つしかないですね。今日も最後まで読んでくださりありがとうございました!
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